戸惑いながら進む

日本も中国も好き。旅行・文化・思いつき

トルコ旅行

もう2か月経ちましたが、10月の連休でトルコで8日間を過ごしました。今回中国は国慶節プラス中秋節で8日の連休で、海外航空券はどこでも割高になっていました。私が2月の時点ですでにこの往復航空券を買いました。成都からカタールのドーハで乗り換えでイスタンブールまでの往復航空券は税込みでわずか3千元(6万円程度)でした(変更、払い戻し不可)が、旅行出発日が近づけると、だんだん不安になってきました。

なぜかというと、トルコの物価が物凄く高くなっています。特にイスタンブールのこの一、二年、コロナ前の何倍になっています。そして、イスタンブールには2つの空港があって、自分が少しでも安いから調べずに、帰りの出発空港をイスタンブール空港(ヨーロッパ側にある新空港)じゃなくて、アジア側にあるサビハ・ギョクチェン空港 (SAW)にしたのです。この空港の国際線がSNS上で悪名が高く、3時間前に空港についても飛行機に乗り遅れた人が続出するほどです。しかも仕事の関係でネットで調べる時間がほぼ無くなり、事前調べが不足している中、旅行会社の現地プランを利用しながらこの旅行を続行しました。

ぐるっとトルコ(時計回り)

現地プランを利用したから、ぐるっとトルコを一周しました。完全自由の日以外、移動は基本8人グループ使用の車での出迎えがあって、ホテルの手配も安心でした。多少グループに合わせる必要がありましたが、まあまあ順調でした。改めて感じたのはお金の力です。完全自分でトルコ旅行するなら、きっとそこまで多くの都市へ行けないだろうし、少し安くて済んだかもしれません。とは言え、楽しい旅行でした。

ドーハ空港内(豪華)

イスタンブールの猫たち

ネコはイスラム教において敬愛されている動物なので、イスタンブールでもどこでも猫

イスタンブール路面電車

ヨーロッパ側から海越しでアジア側を見る風景

イスタンブールの夕焼け

イスタンブールのモスクの灯

スルタンアフメト・モスクの中から外へ

イスタンブール地下宮殿(外国人向けの入場料がめっちゃくちゃ高い!ツアーに入ってなければ絶対パスした)

カッパドキアの早朝、気球が上がってくる

そもそもここは気球に乗る世界三大聖地です。地形が特別で、とても魅力的ですが、乗るには高すぎて諦めました。その日は1人250ユーロからだそうです。ちょうど中国の連休と韓国のも重ねて、そしてその日の前日と前々日、気球が飛べなかったので、割高になっていました。ツアー同士の女性が1人300ユーロで乗りましたが、大勢な韓国人と一緒に乗ることになって、ワイワイしている韓国人が「大韓民国万歳」的なことを叫びながら気球を上げるのを催促していたとかと聞きました。

さすが世界遺産ギョレメ国立公園

自然の力でできた「ラクダ」

カッパドキアの家(今はだれも住んでいないみたい)

展望台に登って、街を一望(午後~夕方~夜)

陶器の街アヴァノス

いい感じな陶器のお店

自分はジープサファリツアーを体験したが、
このような車もあって、楽しそうだが、安全性に疑問

猫が多い~

 

地中海側のカシュTownの灯台

地中海のビーチ(最近SNSで話題のスポット)

ハンググライダー聖地のフェティエで初ハンググライダーを体験、景色が素晴らしい

海賊船の形をする船で離島ツアーを参加

海上パーティ、めっちゃくちゃにぎわっているが、私は苦手

イスタンブール新ヨーロッパ地区

最後は来る時の乗り換えで撮れなかったドーハ空港名物オブジェ「ランプベア」

全体的に楽しかった休日でしたが、あとで計算するとやっぱり予算オーバーでした。そして、楽しみにしていたカタール航空での機上時間ですが、成都-ドーハ便だけが機内古くて、前のシートの下に機器とかおいてあるので、足も伸ばせないほどの退屈さでした。しばらく高い旅行先を控えにしますね。

友人との山東省煙台市の週末旅

上海に住んでる在日時代の友人と1年以上会っていないので、瀋陽出張中の私に会いに来るかと思っているのですが、東北地方への飛行機代がやっぱり高いので、なかなか決まりませんでした。いろいろ調べて、結局2人とも半分ぐらい移動して、そして2人とも行ったことがないところへ行くと。それで、海浜都市である「山東省煙台市」が目的地として決まりました。

山東省煙台市の位置

煙台市は山東省東部の山東半島に位置し、山東省最大の漁港であり、そして、最初期に対外経済開放された沿岸都市です。

スケジュールは以下です。

8/15(金)21:55瀋陽桃仙空港発、23:35煙台蓬莱空港着→ホテル

8/16(土)煙台山(灯台)→朝阳街(阜民街)→濱海広場→虹口1920→養馬島

8/17(日)煙台博物館→所城里→漁人碼頭→煙台大学小吃街→21:00煙台蓬莱空港発、瀋陽桃仙空港着

金曜の夜、煙台蓬莱空港に到着

煙台山へ行く道「阜民街」、とても混雑

阜民街にある、写真スポットとして有名な本屋「鐘書閣」

「阜民街」を少し歩くと、灯台が見えてきた

煙台山は僅か40Mの高さ、西洋式建築群(領事館、教会など)が多い

東海関副税務司官邸旧址(中に展示がある)大混雑

旧イギリス領事館、空いてるなと思ったら、やっぱり閉館

煙台山灯台(列に並んで30分、上まで行った)

煙台山灯台よりの眺望景色(天気が微妙)

降りてきて端っこまで歩いた

阜民街のスターバックス

いい感じのワインレストラン(そう、煙台のワインが有名)

郵便局でいつもの風景印をゲット

いい感じのポスト

灯台を背景に、風船がいいアクセントになってる

 

海沿いで散策(少し晴れてきた)

この道がすごい全国すべての省のマークを立てて、写真スポットになる

煙台といえば、リンゴ!中国の初のリンゴの誕生地。

写真スポットもリンゴたくさん!(虹口1920にて)ネギ省リンゴ市で書いてる

ランチは海鮮料理(ユムシのあんかけごはん、海鮮炒め、海鮮スープ)

ランチ後、冒険の旅が始まりました。まず、タクシーで養馬島の入り口へ。黄海に面しいるこの小さな島は、歴史が長く、始皇帝が東方遠征の際に戦闘用の馬を育てたというので、「養馬島」という名前になっている。近年は人気になって、観光客が賑わっている。

養馬島のマップ(グーグルマップより)

地図を見ればわかりますが、島への道がこの一本橋です。そして、渋滞緩和のため?現地保護?現地人がしっかり稼ぎできる?ように、外部の車は橋を渡ったところで立入禁止になっています。外部の自転車、電動自転車も禁止です。なので、タクシーで登島した後、現地で電動自転車をレンタルするか、バスに乗るか、どちらしかできません。バスの便が多くないし、混雑しているので、ほとんどの人が電動自転車を選びます。が、同伴の友達が電動自転車に運転できないので、私が運転して、後ろに彼女を乗せるという形になりました。

こんな感じの島

海水は割と澄んでいる

おもしろいオブジェ

こんな感じの島

写真の通り、だんだんと曇ってきました。ついに大雨になって、一時間待っても全然収まれず、露店で高価のレインコートを買って、島から出ようと動かないと間に合わなくなります。事前調べの情報によると、5時以降になると、この辺でタクシーが捕まらないことが多いというだから(オンライン配車でもアウト)。

レインコードを着て、友人を乗せて、電動自転車を運転して、目指せ「6KM外のタクシースポット」!1分後、レインコードを着ていないと同じ状態になりました!雨風が顔に当たって、めっちゃ痛い!雨が大きすぎて、道がまったく見えない!こんな状態で、土砂降りの中、少しずつ移動し、耐えられなくなると一旦ストップして、すぐ動き出しました。隣に車がたまに通るし、道が見えないし、全身濡れて痛いし、死んでもおかしくない状態でした。最後の2kmはもうずっと雨風の中で大声で笑っているおかしい状態になっていました!ようやく着いて、電動自転車を返すと、なんと雨が止みました!なんてことだ!

この電動自転車に乗っていた

タクシーに乗ってホテルに戻ってシャワーを浴びて、濡れた服をホテルの洗濯機で洗って乾かしました。終わると、もう夜8時、もう出る気力がなくなって、そのまま寝ました。

翌日はまず煙台博物館へ

博物館の展示物、人が多い

展示物はまあまあかな

グッズ店のこれがおもしろい造字を発見
「不想上班,那就别上」(仕事へ行きなくなければ、行かなくていい)の組み立て

所城里の門

所城里の中

この果園で中国で初めてリンゴを育ったって

店でリンゴジュースを買った

漁人碼頭

ここで有名な写真スポットがあって、「千と千尋の神隠し」のような海に行くレール
でもとても混雑しているので、いい写真が撮れなかった

これは異国みたいだね

今回のお気に入り

海沿いの道を二階建てバスに乗って観覧した

煙台大学小吃街で食べたもの

そこで友達が帰る時間になりました。またアクシデントが発生!友達がオンライン配車で連続間違って、乗合乗車を選択し、どんどんほかの乗客が乗り降りして、高速鉄道の発車時間が間に合わなくなりそうな状態でした!そこで友達が決断して、ホテルの荷物を私に任せてそのまま降りて別のタクシーで高速鉄道駅へ行きました。残った私がその荷物の整理、そして、郵送(宅配員をホテルに来るまで待たなければなりません)…すべてが完了すると、なんとまた雨が降り始めました。雨の中で事前調べの隠れお土産屋で爆買いしました!しかも全部無料で郵送で成都まで送ってくれました。海産物、いろいろ安くて美味しいものを買いました。

最後は「蓬莱小麺」を食べて今回の色々あった旅を終了

煙台駅を通った

 

空港に着くと晴れてきた

空港のオブジェ「孤独なクジラ」
(本物は煙台の海辺、今回は行く時間がなかった)

本当に色々あった旅でした。しかも夏休み期間なので、とても混雑でした。天気が不安定でしたし。時間も限られて、蓬莱の有名観光地とか全然行けていないんです。チャンスがあったらまたリベンジします。

遼寧省の文化歴史都市である錦州市の1泊2日旅

遼寧省省都瀋陽から遼寧省の歴史を見ると、どうしても清、そして近代のものが重くて、なかなかもっと古い歴史にたどり着けないのですが、錦州市は歴史が長く、文化都市として省内では有名です(全国的な知名度はまだまだですが)。東北地域では錦州市で一番有名なのは「焼烤」(焼き串)で、無形文化財になるほど有名です。でも、私にとって、一番惹かれたのは「筆架山」の島と天橋です。瀋陽出張が決まったあとすぐ決めた目的地です。

錦州市の筆架山の島と天橋(ネット画像)

錦州市は遼寧省の南西部に位置し、北には渤海があります。前行った葫蘆島市(旧名は錦西氏)はその西にあります。

錦州市の位置

今回のスケジュールは以下のとおりです。

8/9 6:27瀋陽南駅発D502高速鉄道で8:08錦州南着→筆架山→ホテル休憩→錦州「焼烤」

8/10 朝市→北普陀山→錦州博物館→錦州古塔歴史文化公園→18:07錦州駅発T297普通列車で20:46瀋陽北着

出発前日深夜から瀋陽が暴雨で、朝5時半起きた時でも降り続けていました。大変だと思いながら、天気予報を確認すると、錦州は晴れなので、タクシーを捕まれば行く、捕まれなければ今回の旅をやめると決めましたが、勤勉な中国人が連夜雨の中でも早朝で働いたおかげで、無事に時間通り駅に着くことができました。

錦州南駅は高速鉄道専用駅で、周り何もない

駅から筆架山行きのバスがありますが、事前調べによると「銀聯カード」でタッチ決済か現金しか受け付けないので、売店QRコード決済で少し現金に換えたらと思って、売店ができないって、結局売店にいた客に両替しました。この2ヶ月の中で唯一現金を使った経験でした。

筆架山は山の形は筆置きのようにしているので、名前ができました。筆架山の島は普通ですが、島にたどり着く天橋は潮によって現れたり、隠れたりしています。潮が退くときに天橋が現れてくる大潮の日とベストタイミングを狙って行くのがベストです。

筆架山風景区のチケットは65元で、やや高いです。しかも入場ゲートのところは鉄板が高く建てられて、まるで観光客の覗き見を防止するようです。でも天橋で渡らなければ筆架山の島自体は無料なので、別の海辺からモーターボートに乗る手もあります。しかも筆架山の島は面積が4.72キロメートルありますので、天橋で島まで行って、戻る時は道がなくなったらという時はモーターボートの稼ぎ時です。すぐにたくさんのモーターボートが迎えにくるので、20元で乗れます。

真正面からの 筆架山の島と天橋
(夏休みで天気がよくて、大潮の日なので、人が多い)

天橋を歩いて、筆架山の島に到着するのが40分ぐらいがかかりますので、まだ朝10時、人込みを避けるために、まずはモーターポートに乗って5分も経っていなかったのに、もう島に到着しました。

モーターポート

モーターポートから見る筆架山の島と天橋

島から少し登ると陸方面へ眺望

島にある三清

島にある三聖殿

島風

 

島の山から降りてくると、家族向けの自転車レンタルがある

山に刻む「萬巻書」(中国の諺から来てる、
自分は本万冊を読んだかどうかわからないが、道は万里を歩いたと思う)

潮干狩りする人がたくさん

帰りは天橋を歩いて渡った

出口からすぐにバスターミナルがあって、バスに乗って市内へ向かいました。目当ては人気海鮮「焼烤」(焼き串)のお店です。ネットには営業中と書いていたのに、実際は午後4時から、仕方なくホテルに戻って出前を頼みました。

東北料理「烀餅」(インゲン豆、ジャガイモ、豚肉などの具材を煮込んだ料理の上に薄い餅を被せ、蒸すことで餅にスープの味が染み込み、野菜の旨味が詰まった一品)

17時過ぎ、目当ての海鮮焼烤店に到着すると、もう1時間以上待ちになっていました。もう待ちたくないと思って、向かう途中にある店を思い出しました。まだ何席があるにもかかわらず、店員さんに入店を拒否されました。理由は私は1人ですから。ムカつく!どこでも1人不可と書いていないのに、もうすぐ満席だから儲かる大人数の人に席を残したいでしょうが、大都市ではありえない遭遇です。そうすると、道端の店に適当に入りました。ほかの客がいない状態、まだ17時ですし、いないほうが普通です。焼烤を頼みました。どれもおいしかったし、安かったです。しかも18時過ぎ、この店も満員状態になっていました。だからネット情報には、焼烤は有名店だけじゃないと書いてありましたね。

左側はマトン串、1本1元、10本からの注文、右側は牛の背中の筋肉、1本2元

油扣魚(カタクチイワシ?)、絶品、1本2元

池魚(ムロアジ?)、ソースを付けてから焼く、1本5元

翌日朝はまずタクシーで石橋子朝市へ向かいます。小さい都市なので、シェア自転車もありません。オンライン配車サービスを使っても来たのは普通のタクシーです。

アジアで一番大きい朝市だと称する最長5kmがある

ブドウは安い、4元/500g

石橋子朝市の看板おやつ「棗の天ぷら」

現地メーカーのヨーグルト、1個1.8元から、風味の種類も多い

普陀山の入り口

緑に囲まれた池

山登り

 

北普陀寺は1400年以上の歴史があるという

雄大に建てられている北普陀寺境内

巧妙に作った九龍戲珠

境内で撮った蓮と芭蕉の花

 

北普陀寺で食べた精進料理、バイキング制、15元/人

元々歴史を求めてやってきた北普陀山ですが、歴史的な感じがまったくありませんでした。新築の建物が多すぎます。不思議なのは、この週中熱で寝込んでしまったのに、山を登った自分がいます。まあ、その山は366mしかありませんが…

錦州博物館はとても小さい博物館で、所蔵品も少ない

斉白石のエビ、徐悲鴻の馬、張大千の少女、近代の有名画家の絵が展示されている

博物館の隣は、錦州古塔歴史文化公園

塔は遼代(1100年ごろ)密檐式磚塔

公園出口より

 

帰りは錦州駅

列車からも一枚

出るまですごい頑張りましたが、着いたら適当な週末でした。もう瀋陽出張が終わり、まだ何箇所も書いていませんが、どうしよう~

吉林省長春市の2泊2日

瀋陽出張が続く中、吉林省長春市は週末旅の目的地として絶対に行くと計画していましたが、どの週末に行くのか迷っていました。たまたまちょっと気になる子供の頃からよく曲を聴いていた歌手が長春でコンサートをやる、しかもチケットは残っているとわかって、すぐにチケットを買って、それでスケジュールを決めました。

8/1 高速鉄道G8019で18:01瀋陽南発19:38長春着→ホテル

8/2 永興市場朝市→偽満洲国皇宮→遅めのランチ焼き串→ホテル休憩→コンサート

8/3 吉林省博物院→「這有山」ショッピングモール→新民大街で偽満洲国八大部旧跡巡り→快速列車Z384で16:53長春発19:28瀋陽北着

夜の長春

金曜夕方職場からそのまま駅に行って、長春駅前のホテルでそのままで休憩し、もう疲れていたので、夜市へのお出かけをやめましたが、翌朝は長春市内一番有名な朝市に行きました。本当に安いっす!

永興市場朝市

トウモロコシで作った発酵麺「碴条」トッピング自由

出来立てのかぼちゃ餅

ちょっと驚いたのは長春の地下鉄ホームは何年前の日本のようにホームドアがない

長春はそもそも鉄道から生まれた都市で、歴史がそんなに長くないのですが、語るから日本と縁が深い偽満洲国(日本では満洲国、清の後に植民地時代日本が清の最後の皇帝愛新覚羅溥儀を立てて作った政権、中国では認められた正式な政権ではないので、「偽」をつけることになります)の首都「新京」としての歴史は避けられません。その時、日本が溥儀のために作った宮殿は「偽満洲国皇宮」です。現在は博物館として展示されています(入館料は高め)。建物はその時代の風情があって、西洋っぽいところもあれば、日本っぽいところも、伝統な中国的なものもあります。

満洲国皇宮

メインの建物「同徳殿」、説明には日本語もあり

同徳殿の中

皇帝が儀式とかする部屋

皇帝の寝室(あんまり使っていないみたい)

皇帝の応接室

皇帝と妃の映画鑑賞室

庭はどうみても日本

皇帝の防空壕

マンホール蓋

宮殿のメインエリアから出たらすぐ「東北淪陥史陳列館」

もう皇宮から出たと思うと、なぜか別のエリアがあって、入ったら皇帝の競馬場がありました。今は騎馬を体験できるところになっています。

皇帝の競馬場

隣に展示されたのは世界唯一の頭文字Eの機関車
東北に備えて、木を焚いて動力にしているよう

ちょっと東京の皇居に似ている

長春の街でいくつかの古い建物を発見

満鉄図書館旧跡(現在は書店)

満洲国中央郵便局旧跡(現在も郵便局)ここで長春の唯一の特印をゲット

昼間の長春

ローカルすぎる焼き串、自分で焼く、環境がだめ、でも安くておいしい

長春の電車

吉林省博物院、科学技術館と光学科学技術館の3館同じエリアにあって、
しかも外を出ずに別の建物へ行ける、雪国あるあるだね

吉林省博物院の展示品は正直にガッカリで少ないし、館内三分の一が修繕中です。

吉林省博物院の展示品

市内へ戻るバス中で森を撮った、長春の緑化がとてもいい
(というかそもそも森から開発した都市だから)

一番賑やかな市内で旅行宣伝用の路面電車を発見

「這有山」ショッピングモール前

「這有山」の中のデザインは本当に特別

最後は自転車で偽満洲国八大部旧跡巡りです。八大部とは偽満洲国新京(現在の吉林省長春市)にあった偽満洲国国務院(行政機関)配下の八部(治安部、司法部、経済部、交通部、興農部、文教部、外交部、民生部)のことです。これらの建物は現存し、大半は病院や学校として利用されています。実際に回ってみると、なんか8か所以上ありました!

その建物の大半は「新民大街」の両側にあった

満洲国八大部旧跡巡り(なんか数が合わない)

 

最後はシェア自転車を返すために、駐輪場を探していて、たまたまにみたいい感じなお店で新鮮な「冷麺」と骨の煮込みをいただきました。めっちゃおいしかったです。

絶品

3年前ぐらいに一度長春市に訪れたことがありましたが、その時は飛行機で到着してそのまま高速鉄道で延吉市に行きました。今回は自転車を使ったこともあって、長春市の裏面を少し見ることができました。長春市は省会都市(日本では県庁所在地的な意味)なのに、駅の建設や博物館の投入が全然足りていません。長春駅から到着したらどうしても階段を避けられないことや、コンサート会場の様子や街がちょっと衰退しているようにも感じます。でも今は少しずつ観光旅行に力を入れるようになって、「新民大街」をはじめ、整備し始めて、少しずつ良くなっていくのでしょう。

夏の海を見に行ってきた~遼寧省葫芦島市の週末旅

真夏日と言ったら海は欠かせないでしょう。なので、711日金曜日の夜から高速鉄道ではなく、緑皮火車(緑の列車という意味、日本語だと在来線のこと)に乗って、海を見に行ってきました。

葫芦島市の所在地

目的地は葫芦島市です。遼寧省以外の人にとって、割とあんまり聞いたことがない港町です。以前は錦西市という名前でしたが、明らかに「錦州市」の西という位置づけで、知名度も低かったですが、1994年から正式にひょうたん(中国語:葫芦)型の半島ということだから、葫芦島市に改名しました。

スケジュールは以下です。

7/11 20:07瀋陽北発、K1056列車に乗って23:51葫芦島着(僅か43.5元)→駅前ホテル泊

7/12 凌雲朝市→龍湾海浜→国際平和広場→覚華島船場(登島せず)ランチ→ホテル休憩→興城海浜→焼き串

7/13 龍回頭風景区→紅海桟道(海上美術館)→興城古城(寧遠古城)

18:26興城西発、高速鉄道G125520:09瀋陽北着

凌雲朝市は葫芦島市で一番大きな朝市

羊肉内臓のスープとシュウマイ

揚げ餅(あんこ入り)

朝なのにアイス、一本1元、驚きの安さ、しかもおいしい

午前中の龍湾海浜のビーチ、ちょっと暑いから人が少なめ

ビーチにある雰囲気のいいお店

「觀滄海」の石

「觀滄海」は三国時代曹操の詩で、教科書にも載せてあるほど有名です。ただ、ここは恐らく実際に曹操が行った場所じゃないと思います。

東臨碣石   東のかた碣石(けっせき)に臨み
以観滄海   以て滄海を観る
水何澹澹   水は何ぞ澹澹(たんたん)たる
山島竦峙   山島 竦峙(しょうじ)たり

国際平和広場から見た海

この石は国際平和広場にありますが、お昼前だから人影がほとんどありませんでした。閉まってる屋台の様子を見ると、たぶん夕方から賑わってくるでしょう。お昼は妥協せず、一人でも食べられるシーフードを堪能したいと思って、お店は覚華島へ船場のほうがたくさんあるので、全く覚華島へ行く計画がなかったのですが、一応港まで行きました。

経由道はたくさんの松の木

ランチは生のウニ!ちょうどウニの季節

ユムシのかけご飯

覚華島への船場の海がちょっと濁ってる

夕方に興城海浜ビーチへ行ってきました。さすが人気NO.1のビーチ!人が多かったです!

興城海浜の入り口

伝説の「菊花女」の石像

海上スポーツをやる人もたくさん

三礁攬勝」は近くの三つの石をベース作った通路で、海の中にいるような感じで景色を眺め、安全ながら至近距離で波が石にぶつけるところが見えます。

三礁攬勝がどんどん近い

三礁攬勝看板

やはりここもウェディング撮影スポット

三礁攬勝から見る景色

 

海辺の遊歩道を歩いてみました

遊歩道からの風景

亀の石(見えるかな)

夜は有名店の焼き串、正直味は普通、ただ外側に座っていて、
急にどしゃ降りで店員は客が食い逃げするのを全力防止する姿が笑っちゃう

翌朝は龍回頭風景区とその周辺の興海桟道を回ってみました。

興海桟道

龍回頭での景色

龍回頭風景区で一休み

タクシーで紅海桟道へ向かいました。紅海は海の渚で赤い海藻があるから、赤く見えますが、秋になるとより一層鮮やかになるそうです。

ちょっと引き潮、赤い海藻がよく見える

紅海桟道のところに遼寧空母をモチーフにした建物があって、それは海上美術館です。

海上美術館

鮮やかな色の猫の絵を展示している

海を満喫したあと、市内の古跡を見にいきました。

鍋焼米線

まずは遅めのランチ「鍋焼米線」。米線はよく食べていましたが、なんと東北エリアの米線は太くてもちもちしていて、同じ名前で騙されずに試してよかったと思います。

興城古城は、昔、寧遠とも呼ばれ、明代の最も完全な現存する城だそうです。

興城古城

撮影スポットを新しく設置したばっかりって感じ

メインストレートは修繕済ですが、城の中のほかの道はまた工事中

帰りの興城西駅(新しい高速道路専用駅)

乗った列車

 

列車で見た夕日(窓が汚くて残念)

ちょっとゆっくりした旅でした。

北朝鮮と一番近い距離にある都市―遼寧省丹東市の2泊2日

遼寧省の東にある丹東市は、鴨緑江を隔てて北朝鮮と接する国境の都市です。旧称は安東市で、かつて日本から中国へのルートは大阪や福岡から船で釜山へ、そして鉄道で朝鮮を越え、鴨緑江にかかる鉄道大橋により安東駅に到着し、最後は旧満鉄に乗って中国内地へということでした。今回は日本で知り合った友人が丹東人なので、久しぶりに会えるし、案内もしてくれるということで、スケジュールは以下の通りです。

7/4 17:52瀋陽南発D7668高速鉄道19:13丹東着→夕飯→鴨緑江散歩→温泉

7/5 朝食→朝鮮戦争記念館→ランチ→新鴨緑江大橋→丹東艦→月亮島のカフェ→鴨緑江断橋→月亮島夜市→安東老街

7/6 朝市2つ→虎山長城→中朝境一歩跨→ランチ→鴨緑江遊覧船→夕飯→20:03丹東発D7632高速鉄道21:13瀋陽南着

瀋陽真夏日なのに、丹東へ向かう途中から、だんだん曇ってきて、丹東駅に到着したら、やっぱり雨でした。友人が改札口で待ってくれました。なんと双子の娘さんたちをお母さんのところに預けて(しかも二日間も)、車で迎えに来てくれました。なので、今回の旅は珍しいドライブ旅行です。

小雨の中の丹東駅

夕食は地元人気な焼肉屋

丹東産の瓶ソフトバンク

丹東名産のバカカイ焼き、肉厚でおいしい

冷麺、朝鮮に近いから、朝鮮族の料理もおいしい

食事後少し散歩しましたが、小雨のせいで、鴨緑江の向こう側がまったく見えませんでした。

夜の鴨緑江大橋

少し散歩したあと、大江戸温泉(そう、日本式)で温泉を入りました。感触上でいうと100%温泉水ではなく、水道水で割ったものだと思います。東北の文化というぐらいのあかすりサービスも受けました。すっきりでした。

朝食は老舗の「吊炉餅」と豆腐スープ
この店の真似をしている(パクリ?)店が何軒もあるという

朝鮮戦争記念塔
(中国語は抗美援朝という、米国と対抗して朝鮮を援助するという意味)

記念館の建物

外は当時の戦車や砲が展示されている(ほぼソ連製)

当時の機関車

丹東旅行者に一番人気な店でランチ

久しぶりの生うに!日本より高い

カニの醤油漬けも絶品

揚げイカ

巻きカイスライスの炒め物

未使用の「新鴨緑江大橋

この新鴨緑江大橋は朝鮮が開国するというので、2014年に完成されましたが、いまだ使用されていません。果たして建設費が22億元の大橋(もちろん中国全額負担)、このまま使わず錆びていくのか…

鴨緑江大橋の隣にある「国門ビル」
橋が使うと税関もこちらに移動するという

丹東艦 

友人によると、ただの退役した軍艦ですが、いつの間に人気な観光スポットになっています。ただし、艦内見物料は60元で高いので、中に行っていません。そもそもそんなに興味がなかったですし。

月亮島の川沿いのカフェでラテを
天気がよかったら、朝鮮を眺望する絶好なスポットなのに

ダムのゲート

鴨緑江がよく氾濫するので、川沿いこのようなダムのゲートが建てられていて、氾濫すると、水門を閉めて、都市の中心エリアに浸水しないように隔離するのです。水門以外のエリアは大変なことになりますが…

鴨緑江断橋

丹東の一番有名な観光スポットはやはり「鴨緑江断橋」です。これは植民地時代に日本が1911年に建築されたものです。元々は鉄道用なもので、朝鮮と中国につなぐ鉄道でしたが、1943年にすぐ隣に別の鉄道大橋が建築され(これも日本人が建築したもの)、この橋は車用に改築しました。朝鮮戦争前の始まりに、アメリアは中国軍が朝鮮を助けに来ないように破壊しました。だから「断橋」になりました。

橋の元に1928年に日本によって建築された砲楼がまだ残ってる

月亮島の露天夜市

東北特有のスナック「焖子」、いもで作られたもの

友人が昔学校の前によく食べてた「ブラシでソースをつけるタイプのマーラータン」
激辛にしたら友人が食べれなくなった

安東老街は室内にあることに驚きましたが、少し考えたら東北地方は寒いから、室内は当然だと理解できました。

安東老街のホールで演出がある

室内でも屋台がいっぱい

カイコのさなぎの焼き物を食べてみた
高タンパク質でわかってるけど、味はイマイチ

焼き冷麺、この屋台だけは麺の板からではなく、麺から作ってる

丹東で一番有名な朝市

鴨緑江浮き橋

鴨緑江浮き橋の跡地です。これは朝鮮戦争時実際に中国軍隊が使った橋ですが、米国にバレないように水面に沿って作った木製なものなので、今は橋の姿もほぼ見えなくなっています。

虎山長城は明代長城の東端っこにあるスタート地です。1250Mしかありませんが、最後の300Mぐらいはほんとにきつかったです。

虎山長城

虎山長城に登っているうちに晴れてきた

虎山長城から鴨緑江越えの朝鮮、近年できた建物らしい

トラックが動いているのを見た

虎山長城エリアにもう一個有名なスポットは中朝境一歩跨
一歩で向こう側へ行けるぐらいの距離

距離は近いが、電網がついてる

ランチは朝鮮族料理有名店の牛肉スープ、漬けカニも漬けエビも一緒に
友人が地元なのに生はダメで、一人で頑張って全部食べた

トッピング多様なビビンバ

せっかく晴れてきたので、鴨緑江の遊覧船に乗ることをしました。

船から見た朝鮮

朝鮮の砂を掘る船
川の底の砂を掘り上げて建築用にするみたい
上質な砂みたい、中国側が禁止されている
もしかしたら、朝鮮側に譲ってる?

この丸い建物は朝鮮の学者やリーダーが住むところらしい

ようやく鴨緑江断橋(右)はどこで切れたのがわかった
朝鮮側の4つの橋脚の上は橋の本体がない

夜は朝鮮族の焼肉

この朝鮮族の干しソーセージが結構おいしい

以上は今回の週末の丹東の旅でした。基本は朝鮮に近いことでこの国への好奇心があってからの観光地です。ちなみに、鴨緑江の中は両国の共通領土、向こう側に岸に完全に上がるまではOKです。足1本は向こう側の土地について、もう一本はまだ鴨緑江の中にあるというのはOKです。地元の人がよくこの川で泳いでいるのですが、本当に向こう側に行っていないのという質問に対して、友人が答えてくれました。実は友人のお父さんは鴨緑江で泳いでいた時、向こう側に上がったことがあって、一休みでたばこを吸うと、石に投げられて、一服してからすぐこっちに戻ったという。要するに、中国側から朝鮮側に行くというのは追い払われるだけ(そもそも本気で行く人がいないでしょし)、しかし、朝鮮人が勝手に中国側に行くとバレたら、死刑ところか、九族皆殺になるようです。怖すぎます。

友人が昔通訳をしていた工場では朝鮮国の同意下の朝鮮人の雇があって、その人たちによると、丹東市は中国二番目に華麗な都市だと(もちろん一番目は北京)。そして、私から見ると、丹東は東北エリアの中でも給料が安い場所ですが、丹東人の幸せ指数が中国では結構トップクラスです。その重要な原因はきっといつも朝鮮側を見て、比べたら自分は結構イケてると思っていたからでしょう。人は本当に不思議な生き物です。

鉄道都市ハルビンの2泊2日の旅~瀋陽から出発

仕事関係で夏の間は瀋陽にいますが、忙しいとはいえ、全く残業しないので、週末をたっぷり利用して東北観光ができそうなので引き受けました。なので、しばらく東北地方(日本人としては「旧満州」という名前のほうが親しみやすいのかな)の旅行記ばっかりになりそうです。

先週末を利用して念願のハルビン旅行を実現しました。ご存知の通り、ハルビンは中国一番北にある黒竜江省の中心都市です。植民地の歴史があって、ロシアと日本関連の建築がたくさん見られます。近年、ハルビンは冬の旅目的地として有名で、しかも成都からですと遠いのでいつも飛行機代がバカ高いですから、この機にまず旅先としてハルビンを選びました(夏なのに)。スケジュールは以下の通りです。

6月27日(金):高速鉄道G780で18:30瀋陽南発21:10ハルビン着、駅前ホテル宿泊

翌日:黒竜江省博物館→中央大街→松花江旧鉄道大橋→中東鉄道印象館→ランチ→聖ソフィア大聖堂→ハルビン市博物館

6月29日(日):ハルビン第6製薬工場版画博物館→ランチ→中国侵略日本軍731部隊本部跡地ならび陳列館→高速鉄道G716で17:11ハルビン発20:06瀋陽南着

駅を出たらまず夜のハルビン駅を眺める(南駅舎)

駅前広場でマンホール蓋を見つけ

ホテルの部屋からはこんな感じ

早速頼んで出前を堪能しました。ちなみに出発の瀋陽南駅は新しい駅なので、構内は店1軒のみです。仕事終えそのまま駅に行っていました。なので、お腹ペコペコでなんとか到着まで我慢しました。

現地有名店の春餅(春巻)
ボリュームがあって、好きなようにコンビネーションできて、おいしい!

翌日朝は曇り、ハルビン駅はこんな感じ

ちなみにホテルの朝食場からでも駅舎を見える

ホテルから歩いて10分のところは黒竜江省博物館。展示物より建物自体は見応えがあります。1904年建築され、元々はモスクワショッピングモールでしたが、1922年よりロシア人が始めた博物館は発祥です。ネット情報によると、展示物は新館に移されましたが、博物館のスタッフが今年中引っ越せるかと。まあ、そもそも黒竜江省は歴史が長くないところなので、あんまり期待していません。

黒竜江省博物館の建物

館内の雰囲気

展示されて狼の標本

今は絶滅危惧種であるアムールトラの皮

ハルビンは鉄道から盛んだ街だから機関車の展示も

ハルビン市内の古き洋式建物をこんなふうに展示

実はホテルから博物館まで歩いて僅か10分の距離で何軒のいい感じの建物を発見

地下鉄で中央大街へ、少し札幌の大通の感じがする

街の両側は素敵な建物がたくさん

こちらでも機関車

1906年創業の馬迭尔(ロシア語:Модерн、意味:モダン)ホテルがあって、そこのアイスがとても有名で、今やハルビンの代表的なグルメになっています。町中どこでも売っていますが、やっぱり本店で買うものはパッケージがなく、買ったらそのまま少し柔らかめで、オリジナル味でいただきました。

馬迭尔アイス5元

チョコレート博物館もかわいい建物が、その博物館の自体はやっぱりお店です。結局何も買いませんでした。

チョコレート博物館外観

デカい雪だるまはチョコから

スターリン像もチョコ

ハルビンの飲み物(ノーアルの場合)はクワス、パン種で発酵した炭酸飲料です。

樽で注ぐ生クワスをいただく

中央大街を抜けたところ、松花江が目の前に現れます。まず、目に入ったのは洪水退治記念塔。やはり松花江が大人しくないですね。が、天気のいい時に江畔を歩くのがとても気持ちいいでしょう。

ハルビン人民洪水退治記念塔(1998年は一番ひどいみたい)

松花江の上に遊覧船がたくさん見える
2元から100元以上のものがあって、その幅に不思議

少し歩くと、二つの大橋が目の前に

左側はロシアで作ったもの

手前の鉄筋の橋は百年以上前の「中東鉄道浜州線松花江鉄道大橋」です。1901年から2014年まで使用しました。今は奥の白い橋が鉄道橋になっています。

鉄道大橋が観光地になってる

鉄道大橋から降りたところ、鉄道公園になっていて、その中心に中東鉄道印象館が建てられています。館内はほとんど人がいませんでしたが、展示はデジタル性を兼ねてリアリティがありました。

中東鉄道印象館

中東鉄道印象館館内のシャンデリア

館内の一角、デジタルと融合してとても素敵

「黄継光」(朝鮮戦争時の英雄)号機関車

ランチは定番東北料理「鍋包肉」

「大拌菜」(野菜、春雨、干し豆腐などの和え物)

東北ではレストランから出る料理はボリュームが多すぎて、一人で半分も食べられませんでした。観光だから持ち帰っても食べるところもないので、これは一番の困りことです。

聖ソフィア大聖堂はハルビンで一番有名な建築物です。広場でたくさんの人が記念写真を撮っています。特にお姫様格好をしている女性や結婚記念写真を撮っているカップルが目立ちます。あいにく内部はリニューアル中で、見物できませんでした。

聖ソフィア大聖堂

瀋陽博物館はなんと16時閉館です。東北地域ではよくあることですが、私にとっては早すぎます。しかもこの博物館は想像以上に建物が多くて、結局1棟しか見られませんでした。

海外にいるような油絵展示

館内の雰囲気がいい

帰りに見た素敵な建物(ハルビン有名なソーセージ会社の建物)

近くの副食市場で牛肉の焼き串を食べた(1本5元、安い)

天気が蒸し暑くて、ちょっと疲れましたので、ホテルに戻って少し休憩してから夕食を食べに行こうと思っていましたが、起きたらもう20時になっていました。やっぱり連日の仕事で疲れていましたからね。しかもレストランはお一人様に合わないので、結局出前で焼き物を頼みました。

東北の焼き串は安くておいしい

最終日、まずは地下鉄でハルビン第6製薬工場版画博物館へ向かう途中、少し寄り道して、朝市(本当は朝9時までですが、)で凄く安いさくらんぼを売っているところを発見しました。人が多いし、今日一日中結構歩くし、結局買いませんでした。

なんと1キロ10元!大連産のさくらんぼ、少し小さめですが、驚きの安さ

到着したハルビン第6製薬工場ですが、これは昔工場の建物ですが、今は版画を中心に展示する無料な博物館です。東のルーブル美術館とも呼ばれるほど建物が美しいです。中も豪華ですが、展示物の版画はそこまで上品なものではありません。

ハルビン第6製薬工場外観

ハルビン第6製薬工場館内

ランチは一人食にピッタリの太刀魚の巻き餅と酸菜のスープセット、おいしかった

午後行くのは少し重いところで中国侵略日本軍731部隊本部跡地です。新しく日本軍731部隊の罪証を陳列する展示館が建てられました。731部隊が酷いのは戦虜や一般人を細菌やウイルスを使って人体実験をやっていたところです。元々ソ連とのいずれの戦いに備え、細菌武器を作ろうと実験を繰り返しました。毎日のように酷い死に方で人が亡くなっていきました。しかも戦後、責任者は審判を逃すようにアメリカに実験結果を引き渡しました。たくさんの中国人(朝鮮人やロシア人もたまにいましたが)を死なせてといて、自分たちが責任を負わずに名前を変えて日本でのんびりしてきたことはいかがのものだと思います。中に戦後、武田薬品の顧問に務めた人も医科大学の先生になった人もいました。不公平すぎます。

中国侵略日本軍731部隊本部跡地

新築の展示館

世界平和、暴力暴行反対!

最後はやはりハルビン駅に戻りました。

駅に戻る途中で有名なハルビン工業大学を通過

ホームでみた景色、まるでハリーポッター映画の中のあのホーム

お土産はカワスのボトル(帰ったあとネットから箱買い)

ハルビンたばこ

こちらは1番ホームに展示されている機関車
(あとで知ったのは伊藤博文が暗殺されたホームもここ)

冬がきたらもう一度行きたいな~